パリスの流儀

日本人の特徴の一つに曖昧さがある。外国人からはこのことに対しての不満らしきことを口にする人もいるらしいが、日本人としてこの国に生まれ育ち、この日本社会の中にどっぷりと浸かりきっていれば、何の不満も支障も覚えるものではない。そもそも人間社会の中の基本的なコンタクトの在り方は、民族ごとに違うのであるから、他国から日本に来てとやかく言われる筋合いはない。「郷に入っては郷に従え」というのが、万国共通のルールであって、日本に来たからには、日本流に慣れてもらうしかない。

ただし、曖昧さにも無知からくる曖昧さと熟知した上での曖昧さがあるから、この違いを即座に理解し対応できる日本人も確かに多いとはいえない。曖昧さに対応しようとするなら、相手の心の中をどれだけ読み取れるかに懸かって来る。とはいえ、そこには常識という語は存在するものの、その姿を常に現しているとは限らないことを、先ずは理解しておかなければならない。

「忖度」という語があるように、日本社会は言わなくても解るだろうという文化の国なのである。パリスの流儀は、日本文化の中に泳ぐことにある。曖昧さを愛おしく思う流儀なのである。

 

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久々に壊れまくった身体と精神

今年の元旦。なんと愛しいパソコンさんが突然あの世へと旅立たれました。もちろん、持ち合わせている介護力で、あれこれやっては見たものの、何の反応も見せず、さよならも言わず、行ってしまいました。

このパソコンさんは、2013年に組み立てたもので、ここまでそれなりに頑張ってくれたのですが、6年余り経てば、やはり寿命だったのかもしれませんね。まあともかくそんなわけで、急遽ノートパソコンを取り出し、なけなしの小遣いでパソコンパーツを買い漁り、14日の昨日にやっと組み立て、ウィンドウズが動かせるまでになりました。

何ぶんにも歳が歳ですから、パソコンの組み立てについてまたも最初からお勉強となると辛くて辛くて、途中からは、こんなもんかなのいい加減さも満載になりましたが、見事? 一発でOKとなり、ただただ感謝の一言です。

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この世で一番無駄なことは人の自慢話を見聞きすること

人は個であって、この世に二つとない人生を送っているわけですが、なんやかんやとその人生に絡んでくる輩がおります。普段は無視を決め込んでいるのですが、それでもまあしがらみみたいなものがありまして、表面上は接しているような構えをとり、頭の中では全く別の道を進んでおり、なるべくこの間は無駄な人生時間とならぬようにしております。あっ!これも自慢になるのかな?

 

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組織に不向きな貴乃花という人

貴乃花が現役であった頃は、沢山のファンがいたと思う。まあ私もその一人だったが。

ところが現役から退き、弟子育成の道を歩み始めたのだが、なぜかその途中で、自らの神格化?を始めてしまったようだ。弟子の貴ノ岩暴行事件を契機に、我以外全て敵とみなし、相撲界やそこに所属する人たちを見下し(これを顕著に現していたのが、理事会におけるふんぞり座りや、部屋訪問して来た親方に対する居留守など)始めた。結局、日馬富士は引退に追い込まれることになったのだが、貴乃花はこれで納得せず、更に高見に出ようとし、マスコミもこぞってこれを煽ったので、増々増長したのだが、あろうことか弟子が暴行事件を起こし、責任を取らせられることになり、平年寄りに降格。ここで歯車が狂い始め、マスコミの援護も薄らぎ、裸の大将になってしまった。

 

昨日、引退届提出の会見がテレビ放映されていたが、無念を何度も繰り返し、ひたすら己の美学に酔っているようで、何とも哀れであった。人は必ずしも組織に服従せねばならぬものではないとしても、組織は人の構成を以って動くことを学ぶべきだった。どんなに魅力ある人であっても、パーフェクトな人はいない。己もパーフェクトでなかったと暴行事件から学んだのではなかったのか?